昔の記事のバックアップ 20140318

『街場の五輪論』読了

手書き日記をやめました。

一旦保留ということで。
でも手書きでアイデアが纏めることは重要と思うので、臨機応変な対応をしようと思う。
(堤研二先生の「人間がちゃんと考えられるのは手書きのスピードでや」というのに深く同意致す)
 
『街場の五輪論』(内田・小田嶋・平川 2014)読了。
 
内田氏のブログを見て購入。
【紹介文】
東京五輪の招致がさっぱりうれしくない三人のおじさんたちが「だいたい 64 年の東京五輪からしてろくなものじゃなかったよ」という昔話から始めて、五輪というイベントの「いかがわしさ」について語ります。五輪めざして練習しているアスリートのみなさんには申し訳ないけど、このイベントいくらなんでも「政治」と「金」の匂いがきつすぎますよ。
 
各論は置いておくとして、平川氏のエピローグ〜何故わたしたちは、国民的祝祭に異を唱えるのか〜に共感と懐かしさを感じた。
 
(20代半ばで、おじ様の文章を読んで懐かしいとはいかなる了見か?と言われるかもしれないが。。。
平川氏を「おじ様」扱いしたことについても一言あるかもしれない。。。)
 
共感した部分を引用する。
「もうじき、建設のラッシュが始まり、いやがおうでもオリンピックに向けての熱狂の空気が支配的になるだろう。しかし、わたしたちはこの種の熱狂が、必ずしも私たちに幸福な未来を約束してこなかった歴史に学びたいと思う。そして、このあまりに圧倒的な祝祭気分に、あえて水を差しておきたいと思う。
  わたしたちが、何と言おうが2020年東京オリンピック招致は決定した。
  よほどのことがない限り、オリンピックは実施されることになる。
  お前たちのやっていることは、負け犬の遠吠えであり、無駄骨だと言われるかもしれない。
  それでも、遠吠えする意義はある。
  このような圧倒的なオリンピック翼賛の空気の中でも、反対する意見はあったのだということ、すくなくとも、この頃までは、まだこういう意見を自由に発表できたのだということだけは、記録に残せる。」(前掲書183〜184頁)
 
共感したのは、修士論文執筆およびその調査の際に似たようなことを考えていたからである。
修士論文と言っては指導教官の先生方に「あんなのは論文ではない」と言われるかもしれないが笑)
修士論文では、過疎化著しい農山村部における小水力発電事業について書いた。
固定価格買取制度が始まり、再生可能エネルギーブームの一方で、戦後すぐ開始された小水力発電も「地域に根ざしたエネルギー」であり、存続の必要性があるはずだ、と述べた。
 
経済的にペイしないがゆえに、事業存続を放棄する。ビジネスとしては合理的だが、今後の日本を考える上では、「ちょっと待って!」と申したい。そんな気分であった(無論今もそうである)。
 
更に言えば、このアイデアには元ネタがある。
 
(小水力発電をテーマとした背景には、「資源管理」「資源論」への興味があった。その際に、師匠とさせていただいたのが佐藤仁氏である。(彼も直接お会いしたことはないのだが。。。))
 
『「持たざる国」の資源論ー持続可能な国土をめぐるもう一つの知ー』(佐藤 2011)で、ポランニーを引用されていた。(詳細の頁数を失念)
 
「ある潮流が最終的に勝利したからといって、なぜそれをその潮流の進行速度を緩やかにしようとした努力が無駄であったことの証拠と考えなければならないのか。
  また、なぜ、そうした措置の狙いが、まさしくその措置が達成したこと、すなわち、変化の進行速度を減速させることにあったと判断しないのか。
  一連の発展を阻止するという点においては、必ずしも有効でないにしても、そうした措置が、まったく効果がないということにはならない。変化の速度は、しばしば、変化の方向それ自体に勝るとも劣らず重要なのだ」
 
手書き日記をやめたことと何が関係あるのだろう?と訝しんでいらっしゃる読者もおられるだろう。読者はいるのか??笑
 
空気を読まない発言でも、ブームに水を差す発言でも、自己完結では影響力を行使しえない。
発信してこそ、誰かが「そうかもね」「馬鹿野郎!」と思う。
その賛否は重要ではない(ことはないが、第一の優先事項ではない)。
立ち止まって考えてみる、その機会の提供こそが狙いだからである。
 
立ち止まって考えることすら許容されない、「スピード感ある」ビジネスの現場で、どれくらいの人が立ち止まってくれるのだろうか。
かくいう僕も会社勤めをしているわけだが。。。
やはり「ビジネス」は相に合わないのだろうか。
 
春の陽気を感じると、殊更に自分のあり方を顧みる機会が多くなる。
そんな中で徒然に書いた。